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2012年2月23日更新
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フィリピンから二人のスタッフが来日!
東北
宮城県東松島市、石巻市へ
宮城では、仙台富沢教会にお世話になりました。12月6日夜から、日本ナザレン教団の復興支援ボランティアのみなさんと合流し、7日は、東松島市立矢本東小学校を訪問し、6年生3クラスの子どもたちと交流の時を持つことができました。
朝出発前に、小学校で披露するフィリピンの子どもの遊びをボランティア全員で練習した後、7時半に出発。朝10時に矢本東小学校に到着し、校長室で工藤校長先生や先生方に暖かく迎えていただきました。この日校長先生は、地元の校長・教頭会も予定されており、その接待や出席でお忙しいにもかかわらず、終始歓待して下さいました。
今回矢本東小学校が交流授業の実施を決めて下さった背景として、厳しい環境の中で生きるフィリピンの子どもたちがいることを、矢本東の子どもたちに知ってほしい、そして、自分自身も大変な境遇にあっても、日本のために生活費を削って募金し、祈りを続けてくれている彼らの行動から、大切なことを学んでほしい。という意図がありました。
6年生の3クラスで、順番に50分ずつの交流授業を行いました。1組では鼓笛隊の披露、続いて3組の英語劇の披露があり、最後は2組で日本文化やあそびの紹介、バスケットボール交流を行いました。
子どもたちや先生方の暖かいもてなし、非常によく準備された内容、そして子どもたちの礼儀正しさ、
ノーチャイム運動などに一同大変感動しました。それぞれのクラスでパヤタス、カシグラハンの子ども
たちから預かった手紙や、クリスマスカードを渡し、矢本東小学校6年生全員からフィリピンの子どもたちへの心のこもった手紙を受け取って帰りました。
友達や身近な親族を亡くした子、先生方がいました。そして皆それぞれが怖い体験をしていました。
今なお、子どもたち、先生たちの中には、ふとした瞬間にそれらの経験がよみがえりトラウマに苦しむこともあるとのことです。私たちが見た多くの笑顔や、元に戻りつつある日常の裏に、癒されない痛みがあるのだと知りました。
最後に工藤校長先生に対し、今回のボランティアの一人で、関西の学生を中心に震災後のジャーナル紙を創刊しようと準備している京都大学の原田君が「震災後の今、もっとも大事だと思うことはなんですか?」という問いを出したところ、しばらく考えられた後、「思いやり」と答えておられました。時として、助ける側が助けられている、助けられている側が、実は助けている側になっていたということがある。
相互互恵関係を意識し、つながり、思いやりを持ちあうことが重要という内容でした。
学校を午後3時に出発し、東松島市隣の市で、非常に津波の被害が大きかった石巻市の市街地や
沿岸を視察しました。未だ爪痕がはっきり残る、門脇小学校の廃墟、更地となった住宅地跡、集められたがれきの山などを実際に目にして、フィリピンからの二人も言葉を失っていました。
小川は7月初旬に一度石巻を訪問しており、その時と比べ5か月後の今は、もっと復興が進んでいると想像して現地入りをしましたが、想像していたよりあまり状況の変化が見えませんでした。閉ざされたままの店、人があまり戻っていない商店街、半壊したままの家屋が残る住宅街。被害が大きい地区では、更地となった場所もありますが、今なお被災した状態そのままのような場所もありました。広大な更地となった場所に立ち、以前その場所にあった暮らし、暮らしを奪われた人たちについて想像しました。仮設住宅に住み、いつか戻ることを心の支えとする人、思い出が詰まった住み慣れた故郷には戻らず、長期的に移転を決断した人、時間が止まったままの人など、一人一人様々でしょう。前回7月に来た時よりもはっきりと、この震災が奪ったものが、より実感を伴って迫ってきました。
「人が戻らない場所はインフラ整備は進まず、復興も後回しになります」という仙台富沢教会の安部牧師の言葉、そして、震災から時間が止まったような商店街の中に、時折現れる再開した店舗の明かりが印象に残りました。フィリピンからの二人も、被災現場を間の当たりにし口数少なにじっと外の風景を見て考えていました。
矢本東小学校を離れる時、別れ際に工藤校長先生が、「ぜひ被災地を見て回り、それを帰って周囲の人たちに伝えてほしい」と言われました。今回被災地に改めて足を踏み入れ、小川が強く感じたのは、
「この先私たちはどうなっていくのか・・・」という大きな不安でした。外からの支援に対し、笑顔と感謝で
答える優しさ、その裏で3.11以降、消えることのない悲しみ、将来について大きな不安の中に、被災者の人たちは置かれたままであるということを実感しました。
夕方、東松島復興支援センターへ。全国から届けられる冬物物資の仕分け、翌日ナザレンのボランティアの方たちが行う配給活動の準備の手伝いを、ほんの少しの間ですが、手伝わせていただきました。
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矢本東の子供たちと |
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鼓笛隊の披露 |
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日本文化や遊びの紹介 |
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工藤校長先生と |
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東松島復興支援センターで
冬物物資の仕分けを手伝う |
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東松島復興支援センター |
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罹災した門脇小学校 |
2名の来日にあたり、渡航費、福岡での活動について、よかトピア記念国際財団より助成をいただきました。
受け入れ、協力して下さったみなさん、ありがとうございました。
福岡関連 西南学院大学、福岡県立大学(フムフムネットワーク)、福岡教育大学、
中村学園大学、フィリピン人と友人たちの交流会:FFF
関西関連 花園教会、大阪府立中央図書館、同志社大学SALT、立命館大学RitsSALT、
立命館大学SALTOM、ナザレン国際援助委員会ボランティアの皆さん
東北関連 仙台富沢教会、東松島市立矢本東小学校
その他 ソルトの元インターン、ボランティアの皆さん
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